東京地方裁判所 昭和60年(ワ)14151号 判決 1990年11月27日
原告 深美和子
原告 山下義一
右両名訴訟代理人弁護士 吉浦勇
右訴訟復代理人弁護士 清水義春
同 志澤徹
被告 田中友康
右訴訟代理人弁護士 矢島宗豊
主文
一 原告らと被告との間において、原告深美和子がその所有の別紙物件目録一記載の土地を、原告山下義一がその所有の同目録二記載の土地をそれぞれ要役地として、いずれも被告所有の同目録四記載の土地のうち、別紙第一図面のイロハトチリイの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地部分二九・六三三九平方メートルを承役地とする各通行地役権を有することを確認する。
二 被告は、別紙物件目録四記載の土地のうち、別紙第一図面のイロハトチリイの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地部分二九・六三三九平方メートルを承役地として、原告深美和子に対しては、昭和三七年一二月三日付地役権設定契約を原因として別紙物件目録一記載の土地を、原告山下義一に対しては、昭和三七年一〇月日不詳地役権設定契約を原因として同目録二記載の土地をそれぞれ要役地とする各通行地役権の設定登記手続をせよ。
三 被告は、原告らに対し、別紙物件目録四記載の土地のうち、別紙第一図面のイロハトチリイの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地部分二九・六三三九平方メートルに設置されている鉄筋コンクリート擁壁及びコンクリートブロック塀並びに同土地部分に施されている盛土及び同土地部分に植栽されている樹木等を撤去し、かつ、同土地部分を通行できるように整地せよ。
四 被告は、原告らが別紙物件目録四記載の土地のうち、別紙第一図面のイロハトチリイの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地部分二九・六三三九平方メートルを通行することを妨害してはならない。
五 原告山下義一のその余の請求を棄却する。
六 訴訟費用はその全部を被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
1 原告らと被告との間において、原告深美和子がその所有の別紙物件目録一記載の土地を、原告山下義一がその所有の同目録二記載の土地及び同目録三記載の土地のうち別紙第一図面のABニハCAを順次直線で結んだ範囲内の土地部分を控除した土地部分七・五一平方メートルをそれぞれ要役地として、いずれも被告所有の同目録四記載の土地のうち、別紙第一図面のイロハトチリイの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地部分二九・六三三九平方メートルを承役地とする各通行地役権を有することを確認する。
2(主位的請求)
①被告は、別紙物件目録四記載の土地のうち、別紙第一図面のイロハトチリイの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地部分二九・六三三九平方メートルを承役地として、いずれも地役権設定契約を原因として、原告深美和子に対しては、別紙物件目録一記載の土地を、原告山下義一に対しては、同目録二記載の土地及び同目録三記載の土地のうち別紙第一図面のABニハCAを順次直線で結んだ範囲内の土地部分を控除した土地部分七・五一平方メートルをそれぞれ要役地とする各通行地役権の設定登記手続をせよ。
(予備的請求)
②被告は、別紙物件目録四記載の土地のうち、別紙第一図面のイロハトチリイの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地部分二九・六三三九平方メートルを承役地として、原告深美和子に対しては、昭和四七年五月二日時効取得を原因として別紙物件目録一記載の土地を、原告山下義一に対しては、昭和四七年五月二日時効取得を原因として別紙物件目録二記載の土地及び同目録三記載の土地のうち別紙第一図面のABニハCAを順次直線で結んだ範囲内の土地部分を控除した土地部分七・五一平方メートルをそれぞれ要役地とする各通行地役権の設定登記手続をせよ。
3 主文第三項及び第四項と同旨
第二事案の概要
一1 別紙物件目録一ないし三記載の各土地(以下、別紙物件目録一記載の土地を「甲地」、同目録二記載の土地を「乙地」、同目録三記載の土地を「丙地」という。)は、東京都世田谷区桜一丁目六九一番一の土地とともに、もとは一筆の土地であったところ、これらの各土地は、同目録四記載の土地(以下「丁地」という。)、東京都世田谷区桜一丁目六九〇番一二ないし一五、一八の各土地とともに、もとは訴外苅部一春の所有であった。
2 ①訴外苅部一春は、昭和三七年頃、「甲地」、「乙地及び丙地」、「丁地」の三区画を宅地として分譲することとし、甲地については、同年一二月三日原告深美和子(以下「原告深美」という。)の亡夫である訴外深美潔に対し、代金一三七万四四九〇円でこれを売り渡し、同月六日東京都世田谷区桜一丁目六九一番一の土地から甲地を分筆する登記をした上、同月七日同日付売買を原因として同人に対し所有権移転登記をした。
②訴外深美潔は、昭和三八年六月頃、甲地上に建物を新築し、その頃から原告深美ら家族とともに居住するようになったが、訴外深美潔は昭和五四年二月六日死亡したことから、原告深美において相続により甲地及びその地上建物を取得した。
3 ①乙地及び丙地については、訴外苅部一春は、昭和三七年一〇月二六日東京都世田谷区桜一丁目六九一番一の土地からこれらをそれぞれ分筆した上、その頃、建売業者の訴外寺尾のぶに対しこれらを売り渡した。
②訴外寺尾のぶは、昭和三八年六月頃、乙地及び丙地上に建物を新築し、同年七月八日原告山下義一(以下「原告山下」という。)に対し、乙地及び丙地をその地上建物とともに代金六二〇万円で売り渡し、原告山下は、土地については同月二六日同日付売買を原因として訴外苅部一春から中間省略により所有権移転登記を受け、建物については同年八月一五日所有権保存登記をなし、その頃から家族とともに居住するようになった。
4 ①丁地は、昭和三七年一二月頃までは畑であったところ、訴外苅部一春は、昭和三七年一一月二二日その地目を宅地に変更する登記をなし、その頃これを宅地に造成した上、昭和三八年二月二一日頃訴外瀬尾勝太郎に対し、代金七八〇万円でこれを売り渡し、同日売買を原因として同人に所有権移転登記をした。
②訴外瀬尾勝太郎は、昭和四〇年一二月頃、丁地上に建物を新築した後、昭和四八年三月八日被告に対し、丁地をその地上建物とともに代金五〇〇〇万円で売却し、被告は、土地については同年五月二日同月一日付売買を原因として所有権移転登記を受け、建物については同月一七日所有権保存登記をした上、同年七月一〇日頃これらの引渡しを受け、その頃から家族とともに居住するようになった。
二1 昭和三七年一二月当時、丁地のうち別紙第一図面のイロハトチリイの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地部分二九・六三三九平方メートル(以下「本件土地部分」という。)を含む別紙図面のイロハニホヘトチリイの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地部分(以下「本件通路部分」という。)には、その南西方にある公道に通ずるための通路が存在していたところ、訴外深美潔は甲地を、原告山下は乙地及び丙地をそれぞれ取得して以後、いずれも本件通路部分を歩行や自動車通行のために使用していた。
2 ところが、被告は、昭和五四年四月頃、別紙第一図面のロヌの各点を結ぶ直線とトルの各点を結ぶ直線の各延長線上の交点であるハ点にコンクリートの境界石を埋設した上、同年五月頃、同図面のイリチの各点を順次直線で結んだ線上に設置されていたコンクリートブロック塀(以下「旧ブロック塀」という。)の東側壁面に、「本件土地部分が私道ではなく被告所有の宅地であり、被告においては、近い将来、境界石の線まで塀を設置する予定である」旨表示した看板を設置した。
3 しかして、被告は、昭和五九年五月頃、別紙第一図面のイロハトチの各点を順次直線で結んだ線に沿って鉄製の杭を十数本(このうち、境界石付近に設置した杭一本のみは差込式で抜き取れるようになっていた。)設置し、その杭と杭の間を鎖で連結して本件土地部分を囲い込んだ上、本件土地部分に植木を植栽し、さらに、昭和六〇年九月二〇日には旧ブロック塀を取り壊し、同図面のイロヌルトチの線に沿って新たに鉄筋コンクリートの擁壁を設けて、その上にコンクリートブロック塀を設置する工事を開始した。
4 そこで、原告らは、被告に対し、昭和六〇年九月二七日、本件土地部分に建物その他の工作物の建築や塀の設置等の工事の中止を求めて東京地方裁判所に仮処分命令の申立てをしたが、被告が右工事を急ピッチで完成したことから、原告らにおいて右仮処分命令の申立てにつき保全の必要性を疎明できない事態となり、同年一〇月三日右申立てを取り下げた。
三 本件の争点
本件の争点は、次のとおりである。
1 ①訴外深美潔及び原告山下は、訴外苅部一春から、訴外深美潔がその所有の甲地を、原告山下がその所有の乙地をそれぞれ要役地として、いずれも本件土地部分を承役地とする各通行地役権の設定を受けたと認められるか。
②仮に、訴外深美潔及び原告山下が訴外苅部一春から訴外深美潔がその所有の甲地を、原告山下がその所有の乙地をそれぞれ要役地として、いずれも本件土地部分を承役地とする各通行地役権の設定を受けていた場合、その通行地役権をもって被告に対抗することができるか。
2 ①訴外深美潔及び原告山下は、訴外瀬尾勝太郎から、訴外深美潔がその所有の甲地を、原告山下がその所有の乙地をそれぞれ要役地として、いずれも本件土地部分を承役地とする各通行地役権の設定を受けたと認められるか。
②仮に、訴外深美潔及び原告山下が訴外瀬尾勝太郎から訴外深美潔がその所有の甲地を、原告山下がその所有の乙地をそれぞれ要役地として、いずれも本件土地部分を承役地とする各通行地役権の設定を受けていた場合、その通行地役権をもって被告に対抗することができるか。
3 訴外深美潔及び原告山下は、被告から、訴外深美潔がその所有の甲地を、原告山下がその所有の乙地をそれぞれ要役地として、いずれも本件土地部分を承役地とする各通行地役権の設定を受けたと認められるか。
4 原告らは、原告深美がその所有の甲地を、原告山下がその所有の乙地をそれぞれ要役地として、いずれも本件土地部分を承役地とする各通行地役権を時効によって取得したと認められるか。
第三当裁判所の判断
一 通行地役権設定契約の成否について
1 証拠によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 東京都世田谷区桜一丁目六九一番一の土地のうち別紙第二図面の斜線部分、丙地のうち同図面の網線部分が、丁地のうち本件土地部分の各土地内には、昭和初期頃に訴外苅部一春の亡祖父である訴外苅部六蔵が開設した東京都世田谷区桜一丁目六九一番一の土地からその南西方にある公道に通ずる通路(以下「旧通路部分」という。)が昭和三七年頃まで四メートル近くの幅員で存在し、主に訴外苅部六蔵の家族らが通路として使用していた。
なお、丁地のうち、旧通路部分の通路敷となっていた土地部分とこれを除くその余の土地部分(これは昭和三七年一二月頃まで畑になっていた。以下「旧畑部分」という)との間にはかなりの段差があったところ、本件土地部分には旧通路部分の通路敷であった部分のほか、旧畑部分の法面であった部分が幾分含まれていた。
(2) 訴外苅部一春は、昭和三七年に「甲地」、「乙地及び丙地」、「丁地」の三区画を宅地として分譲するに際して、旧通路部分を四メートル幅の私道として整備し、これを右各分譲地のための通路として提供することとし、別紙図面のイリチの各点を順次直線で結んだ線に沿ってコンクリート擁壁の基礎を設置して土留め工事をしたことから、少なくとも本件通路部分についてはこれを通路敷として宅地部分から明確に識別できるようになった(訴外苅部一春は、右分譲に際して、東京都世田谷区桜一丁目六九一番一の土地のうち、別紙第二図面の斜線部分、丙地、丁地のうち、本件土地部分の各土地部分を通路敷として考えていたものと思われるが、このうち、丙地については、その後の分譲の過程で別紙第二図面の網線部分のみ通路敷となっている。)。
なお、丁地のうち、本件通路部分の通路敷となっていた本件土地部分とこれを除くその余の宅地部分との間には段差があったところ、南西の公道側では約八〇センチメートル、北東の甲地側では約二〇センチメートルそれぞれ宅地部分の方が一段高くなっていた。
(3) その上で、訴外苅部一春は、訴外深美潔に対しては昭和三七年一二月三日頃甲地に関する売買契約を締結するに際して、訴外寺尾のぶに対しては同年一〇月頃乙地及び丙地に関する売買契約を締結するに際して、東京都世田谷区桜一丁目六九一番一の土地のうち別紙第二図面の斜線部分、丙地のうち同図面の網線部分及び丁地のうち本件土地部分の各土地部分は、いずれも南西方にある公道に通ずるために私道として提供しているものであり、訴外深美潔は甲地のために、訴外寺尾のぶは乙地のためにそれぞれこの土地部分を自由に、かつ、永久に通行して差し支えない旨説明した。
さらに、訴外苅部一春は、訴外瀬尾勝太郎に対して、昭和三八年二月二一日頃丁地に関する売買契約を締結するに際し、丁地のうち本件土地部分は既に私道として提供してあるのでこれを承諾してくれるよう申入れをなし、同人の承諾を得た上で、原告山下に対しては、昭和三八年九月頃同人が訴外寺尾のぶとの間で乙地及び丙地に関する売買契約を締結した後に、前同様に、原告山下は乙地のために東京都世田谷区桜一丁目六九一番一の土地のうち別紙第二図面の斜線部分、丙地のうち同図面の網線部分及び丁地のうち本件土地部分の各土地部分を自由に、かつ、永久に通行して差し支えない旨説明した。
(4) 甲地及び乙地から、その南西方にある公道に通ずる通路としては、本件通路部分以外に存在しないところ、本件土地部分を含む本件通路部分の幅員は約四メートルであり、これから本件土地部分を除いた場合、その幅員は二・七二メートル程度で自動車一台が通行するだけで一杯で側方の安全を確保することさえ困難となり、特に、別紙第一図面のロヌルハの各点を順次直線で結んだ角地の部分においては自動車を回転させることができなくなるなどの多大の支障を生ずるものである。
以上の事実によれば、訴外苅部一春は、訴外深美潔に対しては昭和三七年一二月三日頃甲地に関する売買契約を締結するに際して、甲地を要役地とし、東京都世田谷区桜一丁目六九一番一の土地のうち別紙第二図面の斜線部分、丙地のうち同図面の網線部分及び丁地のうち本件土地部分の各土地部分を承役地とする、訴外寺尾のぶに対しては同年一〇月頃乙地及び丙地に関する売買契約を締結するに際して、乙地を要役地とし、東京都世田谷区桜一丁目六九一番一の土地のうち別紙第二図面の斜線部分及び丁地のうち本件土地部分の各土地部分を承役地とする各通行地役権を設定したものであり、原告山下は昭和三八年七月八日訴外寺尾のぶから乙地を右通行地役権付で買い受けることにより、原告深美は昭和五四年二月六日訴外深美潔を相続することによりそれぞれ右通行地役権を承継取得したものであると認めるのが相当である(原告山下は、訴外苅部一春との契約に基づき自ら通行地役権の設定を受けた旨主張しているところ、その主張の全趣旨からすれば、黙示的には、訴外寺尾のぶが訴外苅部一春から設定を受けた通行地役権を承継取得した旨の主張が含まれているものと解される)。
なお、原告山下は、右通行地役権の要役地として、乙地のほかに、丙地のうち、別紙第一図面のABニハCAを順次直線で結んだ範囲内の土地部分を控除した土地部分七・五一平方メートル(別紙第二図面では網線部分に相当する。)が含まれていると主張しているところ、地役権の設定は一筆の土地の一部のみを要役地として設定することはできないものと解するのが相当であり、この点に関する原告山下の主張は主張自体失当になるというべきである。
二 未登記通行地役権の対抗力について
1 証拠によれば、次の事実を認めることができる。
(1)訴外瀬尾勝太郎は、昭和三八年二月二一日頃、訴外苅部一春から丁地を更地の状態で買い受けたが、その当時、丁地のうち通路敷となっていた本件土地部分とこれを除くその余の宅地部分との間には段差があり、南西の公道側で約八〇センチメートル、北東の甲地側で約二〇センチメートルそれぞれ宅地部分の方が一段高くなっていたところ、訴外苅部一春によって別紙第一図面のイリチの各点を順次直線で結んだ線に沿って設置されたコンクリート擁壁の基礎によって通路敷となっていた本件土地部分とその余の宅地部分とが明確に区分されていたものであり、本件土地部分が通路敷となっていたことは一見して明らかであった。
(2) 訴外瀬尾勝太郎は、昭和三八年二月二一日頃、丁地に関する売買契約を締結するに際して、訴外苅部一春から、丁地のうち本件土地部分は既に私道として提供してあるのでこれに協力してくれるよう求められてこれを承諾をした上、自らも本件通路部分に面した側に車庫を設置して同通路部分を自動車通行等のために使用するとともに、訴外苅部一春によって設置されたコンクリート擁壁の基礎の上にコンクリートブロック塀を設置し、本件土地部分を通路敷としてより明確に区分し、訴外深美潔や原告山下らにおいて、本件土地部分を自由に通行することを容認していた。
(3) 訴外深美潔は甲地を、原告山下は乙地及び丙地をそれぞれ取得して以後、いずれも本件通路部分を歩行や自動車通行のために使用していたほか、訴外深美潔は、昭和三八年、昭和四七年及び昭和五三年の合計三回にわたり、本件通路部分(このうち、昭和三八年及び昭和四七年の舗装は本件土地部分を含む。)につき自費で簡易舗装をしており、このうち、昭和四七年の舗装は原告山下、訴外苅部及び訴外瀬尾の承諾を、昭和五三年の舗装は原告山下及び訴外苅部の承諾をそれぞれ得てなしたものであった。
(4) 訴外瀬尾勝太郎は、昭和四八年三月八日、被告との間で、丁地とその地上建物についての売買契約を締結するに際し、本件土地部分については私道としての負担付で譲渡するという認識を有していた。ところが、右売買契約は、訴外瀬尾勝太郎の弟である須田道雄と世田谷信用金庫が仲介に入って行われ、訴外瀬尾勝太郎と被告は直接には一度も会わなかったこともあって、本件土地部分が私道の負担付であるか否かにつき双方の確認がされないまま契約がされた。被告においては、訴外瀬尾勝太郎に対し、本件土地部分につき訴外深美潔や原告山下らの近隣住民がいかなる権利を有しているかの確認をしなかったことなどから、本件土地部分は第三者に対して通行権を負担しているような私道ではなく宅地として利用できるものであるとの認識を有していた。
(5) 被告は、昭和四八年三月に丁地を買い受けてから昭和五四年五月頃に「本件土地部分が私道ではなく被告所有の宅地であり、被告においては近い将来境界石の線まで塀を設置する予定である」旨の看板を設置するまでの間は、訴外深美潔や原告山下らにおいて本件土地部分を自由に通行することを容認していたほか、昭和五〇年頃までは自らも本件通路部分に面した側に設置されていた車庫を利用して同通路部分を自動車通行等のために使用していた。
なお、被告は、丁地を買い受けてから一、二年後、本件土地部分に設置されていた電柱を東京電力に申し入れて本件通路部分の東南側に移設させたほか、昭和五三年一一月頃には世田谷区による下水道工事に際して下水管を本件土地部分に通すことを拒否し、昭和五四年七月には東京都の助成による本件通路部分の舗装工事に際して本件土地部分の舗装を拒否している。
(6) 被告は、その後、原告らに対し、本件土地部分を坪当たり二〇〇万円程度で買い取ってほしい旨の申入れをなしたことがあったが、原告らはこれを拒否している。昭和五九年には、原告深美の弟が車庫証明を申請したところ、被告が本件土地部分の自動車通行を拒否したことから、その車庫証明がとれなかったということがあり、それからしばらくして、被告は、本件土地部分に鉄製の杭十数本を打ち、これらを鎖で連結して囲い込んだ。その後、昭和六〇年九月に旧ブロック塀を撤去して丁地の境界一杯に新たにコンクリート擁壁及びコンクリートブロック塀を設置して原告らの通行を完全に排除するに至った。
以上の事実によれば、被告による丁地の買受当時、本件土地部分は、通路敷としてその余の宅地部分とは明確に区分され、訴外深美潔や原告山下らにより私道として利用されていたものであり、その形状等からだけでも原告らの通行権の存在は容易に窺われ得たものであり、原告らの通行権はその買受当初から予期し得た負担であった(特に、売主である訴外瀬尾勝太郎に直接確認していればこれを知ることは容易であった。)と考えられる上、昭和五四年四月頃までは被告においても訴外深美潔や原告山下らの通行を容認していたものであり、昭和五〇年頃までは自らも自動車通行のためにこれを通路として使用し利便を得ていたものであること、被告においては、原告らの通行により丁地の宅地としての利用が制約を受けるとはいえ、本件土地部分の面積は、わずか約九坪であり、原告らの本件土地部分を通行し得なくなる不利益に比べると被告の不利益は比較的わずかにとどるまること、原告らの使用方法は通路としての通常の用法に従ったものにすぎないことなどが認められるところ、これらの諸事情にかんがみれば、被告が原告らの通行地役権についてその対抗要件がないことを理由にこれを妨害することは権利の濫用に当たるものと認めるのが相当であり、被告は民法一七七条の第三者にあたらないものと解すべきである。
なお、通行地役権設定契約に基づく原告らの通行地役権の設定に関する登記義務は、承役地の所有者である被告においてこれを承継するものと解するのが相当である。
三 結論
以上の各事実によれば、原告の被告らに対する本訴請求は主文認容の限度で理由があるからこれらを認容し、原告山下のその余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条ただし書を適用して、主文のとおり判決する。(主文第三項及び第四項についての仮執行宣言の申立てについては相当でないので却下する。)
(裁判官 田近年則)
<以下省略>